新庄剛志の父親は合気道の先生!日ハム入団は父の提言!

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新庄剛志さんの父親が、実は合気道の先生をされていました。

また、合気道の先生の他にも、造園業もされていたようです。

新庄剛志さんの父親といえば、メディアへの取材も何度か受けらたこともありましたが、性格はかなりの破天荒だったよう!

ですが、子育てにおいては芯を持って愛情深く育ててくれたと新庄剛志さんも数々のエピソードを明かされています。

そのエピソードの中でも意外だったのが、「新庄剛志が日本ハムに入団したのは父親の提言があったからだ」というものでした!

どうやら、新庄剛志さんはメジャーからの帰国後、巨人に入団しようと考えていたようなのですが、父親が反対して日本ハムに入団することになったようでした。

一体どのようなやりとりがあったのか気になりますよね!

そこで、今回は

  • 新庄剛志の父親は合気道の先生だった
  • 新庄剛志の父親は造園業をしていた
  • 新庄剛志の日ハム入団は父親の提言だった

ということを調べて見ました!

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新庄剛志の父親は合気道の先生だった

新庄剛志さんの父親は合気道の先生をされていたと、以下の動画の中で話されています。

3分10秒あたりから、新庄剛志さんの父親が合気道の先生だったことについて触れられています。

残念ながら、新庄剛志の父親がどこの教室で合気道の先生をしているかはわかりませんでした。

ですが、合気道の先生をしていたからか、信念をもった精神の強い父親だったようです。

精神面では新庄剛志さんもかなり鍛えられたとおっしゃっていて、エピソードの1つがこちら。

なんと、頭痛止めの薬をせがんだ新庄剛志さんに父親が渡した薬は下痢止めの薬だったよう!

新庄剛志さん自身も頭痛薬だと信じて飲んで、痛いのが治ったという実体験から、「人間は気の持ちようでなんとでもなる」ということを学んだのだそう。

新庄剛志の父親は造園業を営んでいた

新庄剛志さんの父親は福岡で「新庄造園」という造園を営んでいました。

なんと、本まで出版されていました!

この本を出版されたのが2002年4月1日でした。

新庄造園は昭和47年(1972年)創業ということで、30年もの長い間造園業を続けておられたようですね。

そういえば、新庄剛志さんが「子どもの時から父がどんなに疲れて帰ってきても、仕事道具のハサミを必ず毎日手入れして、物を大事にしていた」と動画内で言っていました。

少し話が前後しますが、

お父様はおそらく若い頃に合気道の先生をしていて、そして新庄剛志さんが物心ついた時には造園業をしていたということでしょうね!

新庄剛志の父親は破天荒

新庄剛志さんの父親はかなり破天荒な性格でした。

そのエピソードがこちら。

  1. 喧嘩っ早い
  2. 大の酒豪
  3. 勝手に新庄剛志の名前を使って本を出版
  4. 熱が出ても出勤し、飲んで帰る
  5. 包丁で向かってくる妻を合気道で投げ飛ばす

1.喧嘩っ早く、幼い新庄剛志さんの前であろうと、ちょっとしたことでもすぐに喧嘩になっていたそうです!

きっと幼心にも新庄剛志さんは、側でハラハラドキドキして見ていたでしょうね..

2.大の酒豪で、仕事帰りには毎日飲みに行っていたようです。

しかも、新庄剛志さんの父親は取材を受ける時に酔っていることはよくあったそうで、

「剛志ももっと体を大きくしようと思うなら、もっと酒を飲まなければいけない!」と、持論を述べるほどだったとか。

3.先述の本の出版の時、新庄剛志さんには何の断りもなかったそうです!

本のタイトルも「大リーガー新庄剛志の育て方」と思い切り新庄さんの名前が使われていますが、勝手に名前を使ってしまうなんて、結構な破天荒ぶりですよね!

4.父親は熱があっても必ず出勤し、そして飲んで帰っていたそう!

熱があっても出勤するのも尊敬ですが、熱もお構いなしに飲んでくるというのがすごいですよね..笑

5.ある夜、飲んで帰ってきた父親が、妻を足で軽く蹴って「おい、起きろ」と言ったそう。

すると奥さんは台所から包丁を取り出して、父親に向かってきたのだとか!

父親は包丁を持った奥さんのことをお得意の合気道で投げ飛ばして避けたというエピソードもあったそうです!

新庄剛志の日本ハム入団は父親の提言

新庄剛志さんがメジャーから帰国後、日本ハムに入団しました。

ですが、新庄剛志さんは当初は巨人に入団しようと考えていたそうです。

なぜなら、父親が野球好きで巨人ファンだったからです!

父親の好きな球団に入って活躍したいと考えていた新庄剛志さんですが、そのことを父親に伝えると、次のような言葉をかけられたと言います。

巨人や阪神のような人気球団に入れば、また阪神時代のようにダラッとしてしまう。それに巨人に入って阪神戦でホームランを打ったら、阪神ファンに殺されるぞ。おまえは阪神で育ててもらった。阪神ファンを敵に回してはダメだ”

引用:https://www.news-postseven.com/archives/20211119_1708161.html?DETAIL

なるほど、巨人に入って、阪神との試合でホームランを打つと、お世話になった球団を敵に回すことになることまでお父様は考えてらっしゃったのですね!

この父親の一言には、新庄剛志さんも驚かれていたそうですが、その後新庄選手は黙って日本ハムを選ばれたそうです。

ですので、新庄剛志さんが日本ハムに入団し、今も日本ハムの監督として活躍されているのは父親の言葉があってこそだったのですね。

まとめ

新庄剛志さんの父親は過去に合気道の先生をされていました。

そして後に、福岡で新庄造園で造園業を営んでおられました。

父親はかなり破天荒な性格だったと新庄剛志さんも仰っていて、いくつもの破天荒エピソードが出てきました!

ですが、新庄剛志さんがメジャー帰国後に日本ハムに入団し、監督を務めている現在は、父親の提言があってこそだということも分かりました。

お父様も新庄剛志さんの将来をいつも見守り、気にかけていたのでしょうね。

きっと、今もお父様は天国で新庄剛志さんの活躍ぶりをあたたかく見守っているのでしょうね。

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